衆議院議員 福島2区(郡山市、二本松市、本宮市、大玉村

トピックス 2001年

2001.12.27

暇になるはずが…

根本匠です。

21世紀の最初の1年が暮れようとしています。皆様にとって、今年はどんな年だったでしょうか。『トピックス』の第1回は、私の1年を振り返ります。

今年は、昨年秋の「加藤紘一の乱」が引き金となった宏池会の分裂で、「宏池会系無派閥」に転じたので「多分、暇になるだろう」と思い、政策の勉強や自分自身の充電にたっぷり時間を割くつもりでおりました。

しかし政局は、「加藤紘一の乱」で敗れた加藤元幹事長が企図した通りの展開となり、森政権退陣に向けた流れが見えてきた頃、私は同僚の石原伸晃代議士とともにある作業に取りかかりました。政策提言づくりです。

景気回復最優先の政策運営で先送りされてきた不良債権の抜本処理など、日本経済の再生に向けた構造改革の断行を「まだ見ぬ総理」、つまり森さんの次の首相に託そうと、「不良債権の実態解明」、「土地・債権のさらなる流動化」、「金融システムの再生」、「産業の再生」、「資産デフレの是正」などの施策を総合的に網羅した戦略プランを急ピッチでまとめ上げました。

それが3月末に週刊文春誌上で発表した「日本経済サバイバルプラン−負の連鎖を断ち切るために−」です。

その間、石原慎太郎東京都知事の勧めで、私と石原伸晃氏、塩崎恭久氏、渡辺喜美氏の4人による新政策集団「四騎の会」を旗揚げし、小泉政権誕生の原動力ともなりました。6月にはこの4人で「日本経済 起死回生トータルプラン」(光文社)を緊急出版、志を同じくする仲間が現れれば「四騎」から「五騎」、「六騎」へと同士の輪を広げていきたいと考えております。

一方、党務の方も、党税調の幹事(証券税制の見直しなど)、行革推進本部の次長(特殊法人改革など)、国家戦略本部の幹事(政策決定の内閣一元化問題など)、組織本部の事務局長と多忙を極めましたし、地元・福島の自民党県連会長にも就任しました。

国会でも精力的に活動、特に秋の臨時国会では、議員立法で提出した児童福祉法改正案(保育士の国家資格化など)や金融再生法改正案(RCC=整理回収機構=の機能強化など)について策定段階から作業に携わり、提案者の代表格として野党との論戦に応じるなどひたすら仕事に明け暮れました。

このほか、衆議院の財務金融委員会の理事も務め、国会議員になってこの臨時国会ほど忙しかった時はなかったと思います。

京都の清水寺の森清範貫首が、あの"清水の舞台"で揮毫した今年の世相を映す漢字は「戦」。21世紀の最初の年、国内では「聖域なき構造改革」という日本再生の戦いに、国際的にはテロとの戦いに明け暮れたわけですが、戦いは来年も続きます。

小泉改革を支える自民党の「政策請負人」の一人として来年も頑張ります。

(本コラムは今後、月2回のペースで更新します。次回は1月1日付です)

 

頑張れ!安積高校野球部

今年は21世紀の幕開け、21世紀の扉を開く、ふさわしい快挙が安積高校の甲子園出場です。

2年前、安高ラグビー部が花園に出場しました。それは野球の甲子園に匹敵する快挙でした。もちろん私も勇躍花園に向い、久しぶりに安高の応援歌、校歌を歌ったものです。

そして今回の安高の甲子園出場、とにかく嬉しい。安高の後輩はよくぞやってくてた、と感激しています。

私は安積高校時代、生徒会をやっていました。当然野球部の試合は必ず応援に行きました。幣衣破帽、質実剛健の校風の中で、紫の旗、替え歌の応援歌を歌い、校歌を歌いました。

当時は、応援団のなり手が少なく、全校集会をやって強力な応援団が再建されました。1年生の入学時に、上級生の前で一週間の応援歌の練習をやり、開成山球場での野球部の熱い戦いに、懸命な声援を送ったことが思い起こされます。

30年前の懐かしい思い出が鮮やかに甦ってきます。

安高は全国でも屈指の進学校でありながら、野球部は福島県大会で優勝7回、準優勝8回の輝かしい成績を残しています。

グラウンドが使えないシーズンが長く、専用の室内練習場はもちろんなし。ないない尽くしの厳しい環境の中で、監督、選手は常に前向きの意識を持って、工夫と知恵をしぼった練習に取り組んできたでしょうし、文武両道、野球と勉強を両立させるという“高校野球の原点に最も近い”本来の高校野球の姿を貫いてきたに違いありません。

それが、OBや地域の人たちの、焼き付くような熱い気持ちとして結集し、安高野球部支えてきました。

広い室内練習場と照明灯付きの専用球場を持つ高校野球部が注目される中で、安高の出場は、多用な尺度で他校の模範といった要素に目を向けて出場校を決める、21世紀枠の趣旨に、誠にふさわしいものであり、誇らしく思います。