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根本 匠ねもと たくみ

元厚生労働大臣
元復興大臣
衆議院東日本大震災復興特別委員長
自民党中小企業・小規模事業者政策調査会長
衆議院議員 福島第2区(郡山市・二本松市・本宮市・大玉村)

そのとき、
匠が動いた!

小さな命を救う、「世界の常識」を日本に!

【 母乳バンク設立に向けて 】早産などで1500グラム未満で生まれた赤ちゃんは「極低出生体重児」と呼ばれ、腸管が壊死してしまう壊死性腸炎という病気にかかりやすいと言われています。この病気にかかった赤ちゃんは腸が破れ、非常に小さな赤ちゃんが多いため、最悪の場合、亡くなってしまいますが、各国の研究で、生まれた直後に粉ミルクではなく母乳を与えることでかかりにくくなることが分かってきています。ただし、出産直後の母親は母乳が出にくいケースが多く、ましてや、何かしらの理由で早産となってしまった母親はなおさらです。このような赤ちゃんを救うため、昭和大学病院の水野克己教授は、留学先のオーストラリアで見た「母乳バンク」を2013年に開設。その後、活動を拡大しようと、2017年に「日本母乳バンク協会」を設立しました。ただし、活動拠点は4畳ほどの部屋で、メンバーは水野教授と助産師でもある奥様の2人だけ。ヒト・モノ・カネのすべてが足りないため、安定した供給体制を作ることはできませんでした。

そのとき、
匠が動いた!

安定的な供給体制を築くために水野教授は、厚生労働大臣だった根本匠と会い、「母乳バンク」の必要性を説きました。実は、この「母乳バンク」の取り組みは、過去に厚生労働省の研究の対象となり、支援を受けたこともあったのですが、「水野教授による自主的な取り組みを見守る」として、あくまでも限定的な支援に留まっていたのです。水野教授の話を聞いた根本も「母乳バンク」の必要性を認識し、全国的に対応できるように、すぐに省内で議論を始めるよう指示しました。「これで動く」水野教授が確信した直後の2019年9月、驚きのニュースが飛び込んできました。内閣改造が発表され、根本が厚生労働大臣を退任することとなったのです。この報を受け、水野教授は国の支援が受けられないことを覚悟しました。

3ヶ月後、水野教授のもとに根本から「もう一度、話を聞きたい」と連絡が入りました。行ってみると、そこには根本だけでなく、関心のある国会議員と厚生労働省の担当者が集まっていました。根本が大臣退任後も、厚生労働省と調整を続けていたのです。それから2ヶ月後の衆議院予算委員会で、厚生労働省の担当者が2020年度から3年間、研究推進のための財政的な支援を行うことを明言。2020年9月1日には日本橋に母乳バンクもオープン。これにより、小さな命を救う道が大きく開いたのです。

母乳バンク 特集記事
■NHK政治マガジン「母乳で命を救いたい政治は動くか